<序に代えて>
・・・作家が心から感謝する詩だけしか自分の詩集に収めることが出来ないならそんな詩集は余にも嵩が痩せすぎて作家は少し憂鬱になるだろう・・・(W.H.オーデン)
俺にはおもちゃが要るんだ、おもちゃで遊ばなくちゃならないんだ(中原中也)
ここには色々な玩具が雑然と詰め込まれていて、玩具が好きな子供達や大人達の手で選びとられ、弄ばれるのを、待っている(自照院 隠徹)
お伽噺に胸はずませ
道の行方に思いを馳せ
夜ごと夢見る明日への想い
明暗のけじめ無き五彩の時空の中で
今、立ち現れる失われた人々の記憶
過去が無ければ、現在は無く
未来が無ければ、現在も無い
現在に、過去と未来が在る
「今、此処」から意識を解き放て!
意識を意識し、存在から実存へと化せ!
無辺際の宇宙に浮かぶ惑星、地球
その、現在、過去、未来
実存をめぐる、境界なき意識の三角錐
何故お前はここに来たのかと 壁が私に訊いたので
人屋の隅にひざまずき 私はそっと打ち明けた
今まで私は人々に 幸せ運んで居りました
羨む暇も無いほどに せっせと運んで居りました
ところが そうです つい昨日 いったい誰が私には
幸せ運んで来るのかと 不意に考え悲しくなって
魔が差したとでも言うのでしょうか 人の幸せ盗りました
それで私は捕えられ こうして ここに居るのです
壁は何を思ったか 暫く顔を顰めていたが
突然げらげら笑い出し 割けて 砕けて 飛び散った
今宵裸形の女を前に
おまえ 若い男よ
何を畏れて 躊躇うのか
女の眼差しが 燃えているのが
おまえには 分からないのか
さあ しっかり女を抱き締めろ
生まれたままの 姿になって
臆せず 固い乳房をしゃぶれ
あゝ おまえ けだものよ
思うさま 渇きを癒やし
愛と欲望のカオスと化せ
そして おゝ 兄弟
赤銅の膚を 情炎で灼き
女の身体の核心に
われら一族の イニシャルを捺せ
アダムの血脈を 証せよ
今こそ 原罪の汚名を雪げ
さあ 渾身の力を振り絞り
生命のマグマを 噴き上げよ
荒れ地に火山を 打ち立てるのだ!
硝子戸に しつこく雨の 口づける
静けさは まだ目がさめぬ 赤ん坊
街に人 あり余りいて 物淋し
脳味噌を 乾してまどろむ クレタ島
ちょっと来て 雲よ見て行け つくしんぼ
木を見ても 木にしか見えぬ 安らかさ
げじげじを 何と思うて 運ぶ蟻
オリオンよ よく見ろ俺は 人間だ
死ぬ程の 悩みと言うなら 死んで見よ
目覚めても 中有にまどう 草枕
地の底の 穴でぐっすり 休みたい
人が来て 家を建て
家に住み 人は老い
人は死に 家が朽ち
家を捨て 人は去り
人が来て 家を建て
住み替り 建て直し
人は住む 家を建て
月が出ていたので
二人は 駈けることにした
やっぱり今夜も だめかも知れない
そう思いながらも 二人は駈けだした
駈けながら二人は 一心に月に目をやった
「あっ 月が駈けてる」
「ほんとだ とうとう駈けだした」
「さあ お月さまと駈けっこよ」
手をつなぎ 足を躍らせて
二人は 西の空に消えて行った
拭っても 拭っても 拭い去れぬ不安
噛んでも 噛んでも 噛潰せぬ倦怠
喋っても 喋っても 癒されぬ寂寥
死んでも 死んでも 生まれて来る人間
地球は 擦り切れ 世界は老いた?
小夜更けて
ひとり焚く火の燻りに
焔のときに耀ふは
これは貴女の面影が
燃えて光ってゐるのでせうか
「反歌」
幾夜さを 君をおもひて過ごしけむ
別きて去秋の その面影を
昨夜 雨に打たれ
凍えた身体であなたは
火照った私の身体を抱いた まるで
初めて女を知った男のように
あなたは何かを求めている
私には分らない何なのか
だけど私は知っている
あなたが幸せでないことを
今朝 雨は止み
渇いたあなたの心を
潤んだ私の心が抱きしめる まるで
初めて男を知った女のように
あなたを私は愛している
私には分らない何故なのか
だけど私は知っている
あなたが今夜も来ることを
日向ぼっこでもしてるのかなあ
貯水池の辺の陽溜りでさ
さっき降りて来てから
ちっとも動かないなあ
例の黒い外套を着てさ
考えごとしてる風でさ
先生
さっき降りて来てから
ちっとも動かないなあ
偉いもんだなあ
あの鴉
おまえの意識の意識そのものである私は
冷静に注意深くおまえを見守っている
おまえが堕ちて行くのをじっと眺めている
おまえの顔見知りの批評家と違って
人間特有の損得勘定や
他人の不幸を喜ぶゆがんだ感情と無縁な私は
けちくさい偏見なぞ交えず
おまえの言動を公平無私に記録する
愈々おまえが首を括るような事にでもなれば
おまえの分身である私も一緒に消えねばなるまい
ただ私はおまえのように
秘かにその時を怖れてはいない
穏かに覚悟を決め待っている
日頃あれほど軽々しく最後の別れを口にし
女と戯れるように死を弄んでいたおまえが
ピエロの仮面の下で
どんな素顔を見せてくれるのかと
午前中一杯広い菜の花畑を飛び回り
蜜をたらふく食べた蝶は 翅を休めようと
日陰を求めて竹藪に入った途端
そこに網を張っていた蜘蛛の巣に引っ掛かった
逃れようとして懸命にもがいたが 粘々した蜘蛛の糸は
もがけばもがくほど 蝶の身体に絡みついた
蝶は若かったが賢明だったので 直に諦め
せめて潔く死のうと 其の儘じっとしていた
蝶には永遠と思われた時間が経ち 夕方になってやっと
幽かに巣を揺らしながら 隠れ家から蜘蛛が出て来た
もうそろそろ死んでいる時分だろう
そう思って蜘蛛は蝶に近寄って行った
だが蝶は死んではいなかった
今迄一度も姿を見た事の無い蜘蛛を目の当たりにして
思わず蝶は身震いした
「こいつ未だ生きていたのか」
蜘蛛はぶつぶつ言いながら引き返そうとした
若かったが勇敢だった蝶は 蜘蛛に向かって言った
「待ってください 今すぐ私を殺してください」
蜘蛛はちょっと驚いた様子をしたが
すぐに何時もの冷静さを取り戻し
じろりと蝶を睨みつけると しゃがれ声で応えた
「いいや駄目だ お前を殺すのは訳は無いが
そいつは俺の主義に反する
お前達おっちょこちょいの蝶や羽虫を捕えて喰らい
こうして俺が長生きして居られるのも
じっと待つことを知っているからだ
この俺の主義を曲げる訳にはいかん
実際 待つということを知らないお前達は
何と憐れな生き物だろう」
若かったが蝶は賢明であり また勇敢でもあったので
ひるまずに言い返した
「確かに あなたは 待つことを知っているかも知れません
けれども それが何でしょう
自由に飛び回る楽しみも知らず ただ暗がりで蹲り
便々として 生きながらえているだけだとしたら
それは 時には私達も
あなたの網に引っ掛かることもあります
それでも あなたの様に
一生ひとつ所を離れられずにいるよりは
一生蜘蛛の巣に引っ掛かっているよりは
どんなに ましか 知れやしません」
蝶が言い終わるや否や 蜘蛛は獲物に飛び掛かった
蝶の挑発に蜘蛛はまんまと引っ掛かったのである
東の空に月が昇り 春の夜が静かに更けていった
窓の無い喫茶店、コーヒーカップは
空になって、ひさしい・・・
とある喫茶店の
地階の片隅のソファーで
男女二組の高校生が
空のコーヒー茶碗を前にして
もう永いこと座っていた
彼らは学園祭の最後の夜に
友らから、ストームから逃れて
人目を避け、その薄暗い場所に来ていた
そこでの五時間余りの間
彼らは殆んど話をしなかった
時折ひとりが自分の悩みや
とりとめのない考えを
呟くように洩らすと
他の誰かが頷きながら
短く応えるだけだった
後はただ黙って相手の眼を見つめ合い
さも互いに分かり合えたかのように
幽かな微笑みを交わしていた
四人の若者の上には終始、濃密な沈黙が
包み込むように翳を落としていた
店の時計が夜中の十一時を打って
ウエイトレスがいたわるように
看板ですよ、と知らせに来た時
劇場で幕が開く前の一時
観客が味わうのにも似た兆しを
彼ら四人は感じていた
人気のない大通りで別れた時
彼らの眼は熱く潤んでいた
それらは明るい街灯の下で
切ない輝きを放っていた
家路を辿る四人の脳裏には
先ほどの沈黙の余韻が
いつまでも消えずに響いていた
それから半年が過ぎ
彼ら四人の若者の
ひとりはひとりと結ばれた
そして更に三年経った今
残された者達はなお
そのひとりを忘れられずにいる
蝉しぐれ しげき夕暮れ
ゆりかごを 飽かず 揺すれば
何となく 物狂おしく
口ずさむ 即興の唄
坊や お前の 父は誰
坊や お前の 母は何処
幾ら訊いても 応えない
毛布に包まり 動かない
蝉しぐれ 漸く途絶え
嬰児は 疾うに泣き止み
なお空に揺する ゆりかご
口ずさむ 即興の唄
坊や お前の 父は誰
坊や お前の 母は何処
幾ら訊いても 応えない
毛布に包まり 動かない
まどろむ風呂屋の煙突に
建築現場の掩蓋に
さやさや渡れ春の風
居並ぶ団地のバルコンの
色とりどりの乾し物に
陽射しは眩しく揺れ動く
疎らに残る田の面にも
まだ芽を吹かぬ並木にも
さやさや渡れ春の風
小学校の退け時の
舗道に陽炎立ち惑い
児等の歩みと戯れる
さやさや渡れ春の風
青く浮き出た山並みも
遥か都心のビルも見え
車輪の響きも軽やかに
雲ひとつない空の下
郊外、電車はひた走る
「北原白秋の「糸車」によって紡ぎ出された調べは、わたしの知るかぎり、
萩原朔太郎の「天景」、伊藤静雄の「小曲」に写され受け継がれている。
わたしも此の美しきリレーに加わろうと思い、この詩を作った次第である。」
秋の夜を彩るものは
様々な光と影と虫の声
女の驕りか月は精気を湛えている
一体何時おまえは翳を孕んだのか
陽がそれについて何を知っていよう
麓の辺りに街の灯りが群れている
幽かに震えているようだ
いやいや震えているのは私の方だ
聊か貧血の気味はあるが
あれらは陽気に騒いでいる
数える度に数を増す
星辰の輝きは奇に畏く
音立てず翼灯が中天を過る
明日もきっと晴れるだろう
相変わらず坂道が私を急かせる
暖かな恋人の手でもあれば・・・
冷えた胸に熱い記憶が蘇る
それは遠い昔のことなのだが
あの女はもう寝ただろうか
まだ一人でいるだろうか
私がこんなに淋しく思うのは
飽かず鳴き交わす虫たちの所為かも知れない
確かに私は彼らを羨んでいる
あゝ大声で歌ってみようか
賢治の「星めぐりの歌」がいい
津々と降り積む冷気の底で
草木は息をつめている
それとも眠っているのだろうか
観ているとたまらなく愛しくなる
夜が明けたら一番に声を掛けよう
朝にはまだまだ間がある
夜もだいぶ更けた
おやすみ光と影
おやすみ虫と草木
それから昔の恋人よぐっすりお眠り
夢での私の接吻に気付かぬ程にぐっすりと
激しく咳込んだ末
漸く胸の閊えは和らいだ
私は読み差しの本を閉じ
壁の時計に目をやった
午後五時四十七分
秒針は躓きながら時を刻む
此処はホテルのロビー
カウンターでは
受付の男が所在なげに
低く流れる音楽に合わせて
小刻みに身体を揺すっている
向こうのソファーの若者は
忙しく煙草をふかし
時折、長い髪に手をやって
新聞を読んでいる
その傍らでは老婆が
曲がった腰を更に曲げ
萎んだ瞼を瞬かせ
灰皿を拭いている
私の前の灰皿に向かう
老婆の歩みは鈍い
その背に受付の男が舌打ちする
心なしか、微かに老婆の顔が強張った
私は音高く咳をして
再び襲った胸の閊えを下ろすと
はっとして顔を起こし
視線を老婆から
素早く時計に移した
午後五時五十一分
老婆はまた灰皿を拭き始め
私の視線は虚しく
活字の上を辷って行く
わたしたちは歩いていた 晩春の午後の街を
しだいに歩みを速め 言葉すくなに
歩き出させたものがさだかになり また
時が熟するのを待ちながら
わたしたちは話していた 歩き疲れて
さめたコーヒーにすがり それでも
なにかをあいてに求め そうして
それが得られぬことに苛立ちながら
なんにも気づかぬふりをして なおも
わたしたちは話しつづけた とうとう
変わらぬ互いの姿をかいま見るまで
ふたたび わたしたちは歩いていた
暮れゆく空を眺め すでにもう
おそすぎる別れを悔やみながら
彼の事なら誰でも知っている
だが、よく知っている訳ではない
彼自身にしても同じ事だろう
彼の心には不満が燻っている
一体、何に対する不満なのか
彼には分らないし、分かろうともしない
色々な人が是に興味を持って
色々な事を言ってはいるが
未だによく分かっていない
ただ、はっきりしている事は
仮令その原因が分かった所で
彼の不満は無くならないという事だ
所で、不満には吐け口が必要だ
丁度、気弱な酒乱の親父が
家庭内で暴れたり 不良少年が
粋がって悪さをしたりするように
彼は吐け口を一つ所に求めない
思うに、不満の原因が分からないからだ
それに、分別があるからだ
というより、不満をそう強く感じていないからだ
そこで彼は不満をあちこちで小出しにする
知人や他人に横柄に振る舞ったり
ギャンブルに興じたりして
だが、そうしたからといって勿論
不満が全て解消される訳では無い
おまけに彼と同じように
不満を抱えている人間が大勢居て
彼自身、不満の吐け口にされる事もある
そうなると益々、彼の不満は募っていく
此の不満が爆発する事を危ぶむ者や
逆に煽り立てる者も在るには在るが
今の処その気配は殆んど無い
時には馬鹿げた事をして
新聞種になったりもするが
社会的影響は微々たるものだ
世の中の彼に対する評価は
概して、あまりよくない
ただ商売人からは、かなり注目されている
しかし彼自身は非常に謙虚で
精々人並みの暮らしが出来れば好いと思っている
申し遅れたが彼は
大衆と称される者の一人である
もっとも、彼はこのように呼ばれるよりは
寧ろ現代人と言われるのを好む
「反歌」
我人の共に抱ける遣り場なき
不満の謂われ誰か知るらむ
彼の心には
天使と悪魔が棲んでいた
悪魔は心優しく
天使は残忍だった
悪魔は善いことをしようとし
実際に善いことをした
だが、そんなことをするのも
自分が醜い心を持っていて
其れを糊塗する為の偽善なのだと
悪魔は思っていた
気の弱い悪魔は、だんだん道化に似て来た
天使は平気で悪いことをした
天使は処女達と同じで罪の意識が無いので
人の心を傷つけても頓着しなかった
それでいて天使は
快活で無邪気だったので
誰からも愛されていた
自信家の天使は、だんだん独裁者に似て来た
歳月が過ぎ、人間界に堕ちた堕天使は
いつの間にか老人になっていた
天使の容色は衰え、誰からも相手にされなくなった
悪魔は悪魔で、次第に周りの人間達に感化され
当初の罪悪感は薄れ、神の眼差しへの畏れも消え
人々の目を盗んでは私腹を肥やしていた
悪魔は人間と仲良くすることにさえ心地良さを覚えていた
傍目には人間と何ら変わらない様に堕天使は見え
ときおり得体の知れない郷愁と衝動を覚えることはあったが
自分でも堕天使なのか人間なのか分からない程であった
だが、老人だからと言って、労わったり、軽(かろ)んじたりして
油断してはならない、機会さえあれば堕天使は
天使には戻れないにせよ、悪魔に変身することは
まだまだ十分可能なのだから
仄かな灯りを目にすると
早くも男の心は上気する
足取りも聊か軽くなる
赤提灯に近づくにつれ
逸る気持ちを抑え
男は歩みを緩める
何食わぬ顔で暖簾を潜り
一日の疲れを椅子に預け
鷹揚に亭主に注文する
一杯目のコップ酒は
夜風に沁みる腸の
見えない傷を癒やしてくれる
二杯目のコップ酒は
世渡りの仮面を溶かし
男を素顔に立ち返らせる
そして最後の一杯
三杯目のコップ酒は
古い流行り唄を歌わせる
歌いながら千鳥足で
家路を辿る日雇の
酔いに火照った心には
冷たい夜風も気にならない
参禅の月日は過ぎ
修業の期限は満ちぬ
断食の行は明け
旅立ちの時は来たりぬ
東雲の空黄金色なし
我が行く末を言祝ぐ如し
いざ山門を後にせん
渓伝い下り行かん
歩みを早瀬と競い
身に狭霧を纏い
鳥声に見送られつつ
目路遥か
新たなる修業の地
黄塵の中へ
ちょっと信じられないことですが
自分のこととなると極めて感じやすいのに
他人のことには酷く鈍感な人がいます
人の心を苛み傷つけているのに
全然平気な人がいます
相手は性悪者で下等で愚鈍であるから
どんなに悪口雑言浴びせても毒づいても
まだまだ足らぬと思っている人がいます
常に人を見下しそれでいて相手も自分と同じように
否ときには自分より上手く話すからといって
激しく嫉妬している人がいます
ご紹介しましょう皆さん
実にそれはこの私であります
しかしまたそれがひょっとして
あなたがた御自身で無ければよいのですが・・・
本日午前9時30分
天皇・皇后・両陛下は
御訪米の途に就かれたと
アナウンサーが報じるテレビの画面に
タラップの手摺に掴りそろそろと
覚束ない足取で歩みを運ぶ
天皇の後ろ姿が映し出される
昇り終ってこちらを向き
気を付けの姿勢で皇后を待つ天皇の
焦点定まらぬ好々爺然とした顔を前にして
俺、戦後民主主義の申し子
通称、ノンセクト・ラジカルの
慢性拒絶症は色褪せる
矍鑠たる皇后が天皇の傍らに立ち
名高い天使の微笑を投げるやついに
俺の意識は父母の代まで後退する
見送りの人並みの日の丸の旗が振られ
日航特別機が薄日差す秋空に舞い上がって後
漸く俺は自覚を回復し気を静めて
どうにか真っ当な意識を取り戻す
さて、襟を正して考えるに
背後の事情が何であれ
29歳9カ月の<天皇の人格>を嘉納し
漠然とした俺の立場を信ずるなら
陛下の御身分・御行状に関し
聊か苦言を呈さねばならぬ
彼の艱難の時に当たり、変幻自在の触媒として
陛下の果たした役割を
改めて検討し直さねばならぬ
また、この度は如何なる結果を齎すのか
厳正且つ巨視的に展望せねばならぬ
そして目出度く陛下が無事帰国の際は
今度こそ毅然とした態度で迎え
断固として理路整然と自問自答せねばならぬ
その時まで祖父母の神、父母のシンボル
そして俺たちの当事者、天皇陛下よ
どうか道中、御無事であれ
恋人よ おまえの 優しい眼差しで
諫めておくれ 私の怠惰を
子供たちが独楽を
麻紐で 鞭打つように
恋人よ おまえの しなやかな手で
支えておくれ わたしの魂を
連れて行っておくれ お伽の国へ
おまえたち妖精の 不思議な魔法で
そして円やかな接吻で
黙らせておくれ 私のお喋りを
吸い取っておくれ 不純な思惟を
だが おまえは 誰なの
何処にいるの 教えておくれ
明け方 夢に現れる女よ
俺達の尻に 火を点けたのは誰だ
またぞろ 運命の悪戯なのか
この平和な午後の巷を 俺達は
一体何処へ駆られていくのか
幽霊船に行く先を訊ねてみな
風に聞けって言うだろう
遣りて婆の 時の歩みは忍び足だ
流行り唄に染まった 俺達の耳には聴こえない
気付いたときは手遅れで とうの昔に
親の脛は 掏られていた
恋人達の想い出を 幾ら焚いた処で
冬を越すには 足りないだろう
継母みたいな警官に
どんなに優しく訊かれても
舌が縺れて答えられない
何故 ここに こうしているのか
精々 煙草を吹かすのが
精一杯の意思表示だ
それにしても口に苦い Peace の味だ
ビルの向こうで 陽が沈む
失くした帽子は 見つからない
夕べに神が甦る 奇蹟なんかも 起らない
陽気に群れ騒ぐ灯り達の
何処で今宵は 夜を明かそうか
暑気に潤う蝉の声
間近に霞む雲の峰
か広き母の背を叩き
馬に乗せろとせがむ我
我が目交に唯ひとつ
涼しく鞭の音を残し
跑の響きと遠ざかる
父の影こそ眩しけれ
彼方に影の消ゆる頃
其の方と無く駈け行きて
鋭く母の呼ぶ声に
佇み四方を見渡せば
暑気に潤う蝉の声
間近に霞む雲の峰
あなたは憶えているだろうか
更けゆく夜の 闇を焦がす焚火が
友等の顔を輝かせていたのを
山の生活を惜しむ歌声が
林間の涼気を震わせて 響いていたのを
あなたはもう 忘れてしまったろうか
友等から離れ 寄り添っていた私たちの上に
白樺が 優しく影を落としていたのを
互いの手を弄びながら 囁くように
言葉少なに語りあったのを
そして皆が寝屋に帰ったあと
麓の小さな湖の
岸辺の古びた一葦の上で
夜明けまで二人で過ごしたのを
あなたは想い出さないだろうか
月の明るい晩で
樹々はくっきりと 汀に翳を映していた
夢に怯える鳥の羽音と ときおり
魚が水面を叩く音が聴こえてくる他は
辺りは ひっそりと閑まりかえっていた
あゝ こうしてあなたを抱いていると
夜気に身を顖わせていた
あの夜のあなたの面影が
懐かしく甦ってくるのだが
そして今も私たちは
接吻さえできず ただじっと胸をあわせていた
十五の夏のあのときと
変わらないようにも 想えるのだが・・・
彼女の胸は
本当に小さかったんですが
色々なもので
胸をふくらませていました
あんまり沢山あるので
それが 何と何と何なのか
自分で分からなかったほどです
でも 私には分っていました
打ち明けて言えば
私は彼女を愛していましたから
それが 何と何と何なのか
教えましょうか 内緒で
それはですね つまり
女の子を造っているもの 全部です
そういえば 彼女は
顔立ちといい 身体つきといい
ムンクの『思春期』の少女 そっくりでした
ムンクの絵では見えませんが
背中の下の方に
小さな ほくろが付いていました
二次大戦中のことである、ドイツ軍兵舎の一室の寝台の上に、
手足を釘付けにされ、猿轡を噛まされて、裸のユダヤ女が横たわっている。
扉の前には、ドイツ兵が二,三十人列を作っている。
彼等は順次、ユダヤ女を犯していく。部屋には監視がいて、それを視ている。
以上は一時、私が取り付かれていた妄想のアウトラインである。
これに、その時の気分によって異なる、
数種のヴァリエーションと若干の肉付けが施される。
ユダヤ女は人妻であったり、処女であったりする。
人妻の場合、時折、夫がそこに連れてこられることもある。
ドイツ兵には大概、善玉がひとり交じる。
彼は犯す振りをして、女の耳許で囁く。
「私たちを許してくれ、皆この気違いじみた戦争のせいなのだ」と。
それを聞いて女は、目に涙を浮かべることもある。
だが大抵は首を横に振り、冷たい眼差しで彼を睨むだけである。
十中八九、善玉のドイツ兵は監視に見つかり処刑される。
ところで、妄想の作者である私は、常にまた登場人物でもあった。
私はユダヤ女を除く総ての人物に扮したが、
最も多かったのは善玉のドイツ兵である。
なぜなら悪玉を演じた後に屡、善玉のドイツ兵にもなったからである。
この妄想から解放されて間もなく、私は或る書物によって、
この様な行為が当時、実際に行われていたこと、そして同様のことが、
日本兵によっても為されていたことを知った。
これらの事実は奇妙にも、別に私を驚かせなかった。
ただ、驚かせなかったというそのことに、私は慄然としたのであった。
近頃とみに影のない 人間の増えていることは慥かです
現に私は沢山の影のない人間に出会いました
のみならず私の目の前で まったく遺憾なことですが
妻の身体(からだ)から影が離れ シャボン玉のように
ふわふわと 宙に漂っていくのを見たのです
俄かに私は不安になり 恐る恐る確かめました
有難いことに私の影は ちゃんとくっ付いておりました
けれども気のせいか心持 浮き上がりかけているようです
そこで私は私の影を 石で抑えて綱をつけ
引き摺って歩くことにしたのです
すると皆はそれを見て まるで私が気違いででも
あるかのように嗤うのです
しかし私は一向に 気になどしてはおりません
なぜなら私はそれ等の人に 影の無いことを知っており
とかく影のない人間は 人を嗤うものだからです
ところでちょっと失礼して あなたの影を拝見します
おやまあ先生あなたは影を どこで失くしてしまったのです
はっはっは 冗談です 冗談です
しかし気を付けるに越したことはございません
どうも先生あなたの影は すこうし薄くなっているようです
早めに手当てした方がいいですね そうそう
それから間違っても 暗い所には行かぬように
なぜかというと影のやつ 闇に紛れてこれ幸いと
逃げ出さないとも 限りませんから
おやもうこんな時間ですか
それでは私はこのへんで 失礼させていただきます
ハイハイ承知いたしました ではまた次回おじゃまします
その必要もないのに彼は
望遠鏡で人世を眺め渡した
次に必要に迫られて彼は
望遠鏡を逆さにして人世を眺め直した
それこそ本当に必要であるのに彼は
望遠鏡で星空を視たことがない
肉眼で人世を観たことがない
嵐山 古都はネオンの万華鏡 (中学3年の時、修学旅行先で)
小春日に 抱かれ我と大欅 (高校2年頃)
天の川 葦の髄から覗く宇宙(そら) (近作)
求めしは 夢幻か降り竜 (近作)
我は我 他人も我なり去年今年 (近作)
老いの秋 愛ある人と春を待つ (近作)
魂の高度計手に 世を渉る (近作)
苺月 欲無き天の美しさ (近作)
目と耳と鼻の孔ふたつ 口ひとつ (近作)
出で来るか 人工淘汰で 白目猿 (近作)
マウリポリで 骸となりし 人ぞ我 (近作)
にんげんは なにがかなしくて ひところす (近作)
一、世俗的成功を望まぬこと
二、世の中の価値観や評価に惑わされぬこと
三、中途半端な同情心から人に近づかぬこと
四、自身の欲望を満たすために他人を利用しないこと
五、批判や非難をすることに時間と労力を費やさぬこと
六、人は死すべき存在であることを片時も忘れぬこと
七、現実を直視し非現実の世界に救いや逃げ場を求めぬこと
八、人間が自然から生まれ自然の一部であることを自覚すること
九、人の本質は変えがたく人の世には解決困難な問題があることを認識すること
十、この世で生きるに際し妥協せざるを得ないことがあることを肝に銘ずること
高校入学後、「精神界」の探求の傍ら、詩作を始め、詩誌に投稿していた私は、ランボーを師と仰ぎ、詩人は「見者であらねばならぬ」という、ランボーの挌律を守るべく奮闘していたが、菲才ゆえ、思うに任せなかった。仕方なく、精神状態・心情を赤裸々に描出することをモットーとし、意識が向かう主題に応じ、様々なスタイルを試み、且つ、出来るだけ平易な表現に徹し、作品全体として、象徴的事象を暗示し、読者の自由な鑑賞と解釈の余地を残すように努めた。古典主義的・ロマン主義的な韻律にも、惹かれたが、主に、無韻の短い散文詩に活路を見出していた。以上の詩の大方は、その時々の精神状態・心情を蘇らせる縁(よすが)とすることを目的に作成した、若き日の詩集『玩具箱』の抄録である。
個人意識(意識)
集団意識(集合意識)
解悟意識(覚醒意識)~宇宙意識
実存意識(自覚意識)~志向意識
表層意識(日常意識)~潜在意識を含む
深層意識(有史意識)~通常は無意識・無自覚意識
原初意識(自然意識)~本能的・生理的・身体意識
諸宗教は、その誕生・普及以来、欲望を節制し、感情を浄化し、対自・対他を問わず、常に慈愛の心で身を処するよう説いている。そのことが周囲や世間から評価されるか否か、は問題ではなく、神や仏の意に適うものであることが重要で、その結果は、來生の処遇によって報われるとも説かれている。宗教が人々の生活に活きていた時代に、世の中の倫理・道徳の維持・涵養に多大な貢献をしていた諸宗教の効用も、「欲望の資本主義」が支配する現代に於いては、もはや期待できない。では「意識改革」の効用とは如何なるもので、現代社会にも通用すると言えるものなのであろうか。「意識改革」は、意識を意識し、日頃、半ば無意識に行っていたことに気付き、省察し、意識を進化・向上させ、人生の時間(すなわち命)を有効に活用することで達成され、特別な訓練無しに、誰でも実行可能なものであり、その結果、人生の諸問題により良く対処できるようになり、自己の能力を最大限に発揮できるようにもなる。また、自身の意識が進化・向上することで、他者との相互理解、人間関係も改善・発展し、良縁に恵まれる機会も増え、ひいては、境界の向上にも繋がり、実生活にも、また実社会にも、多大な効用を齎すものであると言えよう。
フロイト(独: Sigmund Freud、1856年5月6日 – 1939年9月23日)の無意識、ユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日 – 1961年6月6日)の集合無意識、を、意識の分類項目に入れなかったのは、両者の無意識が意識化可能である潜在意識であるため、広義の意識分類においては、類別する意味が無いと判断したためである。一方、フランスの社会学者デュルケム(Émile Durkheim、1858年4月15日 – 1917年11月15日)が社会学を「道徳科学」と位置づけ、その研究対象を「社会的事実」であるとし、「社会的事実」とは、個人の外にあって個人の行動や考え方を拘束する、集団あるいは全体社会に共有された行動・思考の様式のことであるとして、これを「集合表象」「集合意識」と名付けていることに鑑み、意識を「個人意識」と「集合意識」に分類する必要があるとの考えに至った。また、大乗仏教の唯識思想に於いては、「個人意識」と「集合意識」の区別は、判然としておらず、「無意識」を広義の「意識」であると捉えている。なお、触覚、味覚、視覚、聴覚、などの「感覚」体験は、意識化され、経験化されて、はじめて、記憶に残るものとなるように思われる。
文明は最大公約数としての人間の需要に供すことで創られ発展し、文化は最小公倍数としての人間によって生み出され育成された。
人生を微分すると縁(えん)に、積分すると業(ごう)になる。
人として生きる上で、守るべき三つのM
他者を思いやるMind、自らを律するMoral,理念を持ち続けるMotivation
ヒトは意識を意識でき、意識を変えないと分からない事がある。
人や物事を愛するとは、意識を共感し、理解すべく努めることである。
『コウモリであるとはどのようなことか』(トマス・ネーゲル 1974年)を、人は完全に理解することが出来ず、同様に、人が他者を完全に理解することも出来ない。
「悟り」とは、自身が森羅万象の一部に過ぎないことを自覚し、意識存在としては、その全体を理解すべく精進することである。