さて、方針転換を余儀なくされた私は、気を取り直し、久しぶりに、「人間学」や、意識、慾求、感情、思考、等を対象とする「心の科学」の現状と進捗状況を調べて見ようと思い立ち、心的事象に関わる、様々な項目について、インターネットで検索し、目を通して見ることにした。心の働きに関する事項は、意識、欲求、感情、認知、思考などと、心の様々な属性に対して名付けられ、個別に研究されてもいる。しかし、実際の心的現象は、これら、様々な要素が複合したものである。「マービン・ミンスキー」は、AIの父と言われる人物で、1980年代、ミンスキーとグッドは、ニューラルネットワークがいかにして任意の学習プログラムに従い自動的に生成され自己複製するかを示した。人工頭脳は人間の脳の発達と極めてよく似たプロセスで成長させることができたが、どのような場合でも、精密な詳細を知ることはできないし、たとえ詳細がわかっても人間が理解できる複雑さの百万倍も複雑すぎるだろうと述べている。今、流行りの「Deep Learning」の仕組みを、40年前に考案しており、AIの思考能力が発達するプロセスは、現在同様、解明不能であることも明らかにしている。1970年代初期、MITの人工知能研究所でミンスキーは、シーモア・パパートと「心の社会: The Society of Mind」理論と呼ばれるものを開発し始め、1986年、一般大衆向けに書かれたこの理論の包括的なテキスト『心の社会』を出版した。この本は、安西祐一郎訳により、1990 年、産業図書 から翻訳出版され、「さらに続けて・探求ノート」で紹介した、『意識障害の現象学』(上下2巻、1990年、世界書院発行、安芸都司雄著)、と共に購入し、目を通した覚えがある。読後感じたのは、主に、思考の成り立ちについて説明している内容からいって、『心の社会』というより、『思考の仕組み』と題した方が適当であるように思われ、人工知能の研究者だけあって、『思考の仕組み』を巧みに説き明かしている半面、他の、心の働きに関しては、単純化し過ぎている印象を受けた。ここで、私も仮説を提示したい。心の働きに関与する諸要素は、数学・物理学における、「スカラー」の様なもので、意識は「ベクトル」の役割を担っているように思われる。解悟意識などは、「ナビゲーター」としても機能しているのかも知れない。さて、現時点で、AIは、将棋、囲碁などのボードゲームに於いては、プロの棋士を凌ぐ実力を持っているが、感情の理解と表現に関しては、まだまだ、未熟である。エイジェントの協働により、思考が成り立つという考え自体は、賛同でき、心の働きには、様々な要素が拘わっていることには、私も同感である。ただ心の働きの全てをAIがマスター出来るかどうかは疑問である。更に言うと、心の構成要素についての個別の説明を幾ら学んでも、意識、感情などの理解が深まる訳ではない。心的事象に関しては、結局、体験し、経験することで学ぶしか方法は無いように思われる。ボードゲームでは、AIは、実際に、人間やAI同士で対局、実戦を重ねて、進化したが、AIに、あらゆる人間的体験・経験をさせることは不可能であり、AIが得意な分野において、人間がAIを利用する事を考える方が現実的である。ボードゲームでAIが人間に勝るのは、感情に左右されないからであるとも言える。ただし、利用にあたっては、悪用される事も十分配慮すべきである。我々が「意識」関連の資料を読んで、相応に、理解できるのは、意識、共感などの経験があるからであるとも言える。例えば、ラファエロの『アテナイの学堂』やモーツアルトの『ジュピター』を見聴きせずに、いくら説明や解説を読んだり聞いたりしても、意味不明であるが、実際に見聴きした後であれば、説明や解説の意味が、多少なりとも理解できるのと同様である。今日、「心の問題」について、宗教家、学者、評論家、達が、いい加減で、勝手な意見を述べているが、おそらく自身で実感していない所為ではないかと思われる。「縁なき衆生は度し難し」である。(私の体験、経験、実感をもとに書かれた)「覚書」や「探求ノート」を知り合いの大学教授、ジャーナリスト、出版社の編集者、に送って見たが、不思議と、感想、意見、など何も返って来なかった。愚痴を言いたくもなるというものである。『ヨハネ伝』第12章24節に「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」というキリストの言葉がある。私も『キリストに倣いて』(De imitatione Christi、トマス・ア・ケンピス)、孤独な歩みを続けて行くしかないようである。
サミュエル・スマイルズ(Samuel Smiles, 1812年12月23日 – 1904年4月16日)は、『自助論』(Self-Help)の序文で、「天は自らを助くる者を助く」(Heaven helps those who help themselves. )と述べている。人類の集合意識が目覚め、衆知を結集して、「不都合な真実」から目を逸らさず、「今、そこにある危機」に取り組む事を願って已まない。しかし、どうすれば、人類の集合意識が目覚めるのか、それこそが問題である。私が意識探求に取り組んできたのも、意識の科学的解明を目指していた訳では無く、如何にして、人類の集合意識をUpliftできるか、その際、相互理解の障害となる、意識の壁をどうしたら乗り越えられるのか、その打開策を求めての事であった。私が敬愛する思想家、シュレーディンガーは、cosmopolitan、naturalist、moralist、humoristであった。量子は粒子と波動の重なり合いの状態であるという、量子力学の考え方や観測問題にも、有名な「シュレーディンガーの猫」で、一石を投じた。量子が持つ二面性の特質を応用したのが、トンネル効果である。意識も個人意識と集合意識の重なり合いであるのかも知れず、意識のトンネル効果で、意識の境界を乗り越えることが出来ればよいのだが。現在、IBMで試作されている、量子コンピューターが進化して、意識現象が発現し、解明される様な事になれば、この点もはっきりするかも知れない。ついでに言えば、意識の科学的アプローチは、脳科学より、情報科学から行う方が、正解である様な気がする。とりあえず、私としては、トンネル効果ならぬ利己心を離れた愛の効果を信じ、絶望して厭世的にならず、人類への信頼を失わずに、辛抱強く、集合意識の目覚めを待ち続ける所存である。